参加俳優募集
M.S.P 2024
2025.8.12 tue ~
2025.8.18 mon
in 天川村
2025.8.12 tue ~
2025.8.18 mon
in 天川村
大自然の中にある築150年の古民家を改装した滞在型アトリエ施設にて参加者と共に作品を創作していきます。
NEWS




M.S.Pとは
M.S.P(M.M.S.T SUMMER PROGRAM)は、第一線で勢力的に活躍されている様々な作り手をアトリエに招聘し、実際に作品を創作して頂きながら、施設の魅力とその可能性を発見をしていく、創作ワークショッププログラムです。2008年より毎夏実施しており、これまで下記の作家がアトリエに滞在。魅力的な作品を生み出してきました。
2008 大久保吉倫明 (俳優練塾/京都)
2009 田中 秀彦 (iroNic ediHt DESIGN ORCHESTRA/大阪)
2010 山田 恵理香 (空間再生事業 劇団GIGA/福岡)
2011 中屋敷 法仁 (柿喰う客/東京)
2012 黒澤 世莉 (時間堂/東京)
2013 百瀬 友秀 (M.M.S.T/福岡)
2014 金 世一 (世 ami/韓国)
2015 広田 淳一 (アマヤドリ/東京)
2016 加藤 里志 (サクソフォン奏者・音楽家/東京)
2017 田辺 剛(下鴨車窓/京都)
2018 鈴木 アツト(劇団印象/東京)
2019 山口 茜(サファリ・P/京都)
2021 石田 聖也(演劇ユニットそめごころ/福岡)
2022 コロ(COROBUCHICA./東京)
2023 ヤン・ヒョユン(韓国)
2024 萬浪 大輔(演劇ユニットBACK ATTACKERS/東京)
INFORMATION

<創作作品>
『雲の涯』
田中千禾夫(1905~1995)
長崎県出身の劇作家・演出家・フランス文学者。慶應義塾大学卒業後、岸田國士らの影響を受けて劇作を始め、1933年に『おふくろ』で注目を集める。戦後は実存主義的な作風を展開し、代表作『教育』(1954年)で読売文学賞、『マリアの首』(1959年)で岸田演劇賞と芸術選奨文部大臣賞を受賞。1978年には評論『劇的文体論序説』で毎日出版文化賞を受けるなど、劇作と評論の両面で高く評価される。また、教育者としても桐朋学園などで後進を育て、晩年はカトリック信仰を深め、長崎に記念碑も建立。日本の新劇界に多大な影響を与えた。

<担当講師>
Ryuki Ueno/上野 隆樹
Mr.daydreamer代表、ほぼ全ての作品の演出を務める。
演劇の「同空間・同時間」という最大の特性を引き出すことを目的とした、俳優の身体性と、インタラクティブな映像表現の調和による空間芸術としての演劇創作を得意としている。
団体外でも、宮崎県三股町の演劇フェスティバルまちドラ ! や、日本・韓国・台湾による演劇ネットワーク EATI(East Asia Theater Intaraction)への参画等、福岡を拠点に地域や海外での活動を積極的に行う。

M.M.S.T ART Lab / アトリエ
M.M.S.Tが創作の為に所有するアトリエ施設です。
奈良県の天川村にある築150年の古民家を、「芸術家が集中して創作する為の空間」
というコンセプトに沿って手を加えた特殊な空間です。

奈良県天川村
アトリエのある天川村は、“「天の国」「木の国」「川の国」”のキャッチフレーズをもつ、奈良県吉野郡に位置する村で、
修験の山「大峯山」と、「天河大弁財天社」が有名です。
MSP 2025に向けて
MSPで創作を行うアトリエ「MAL」は、山の中にひっそりと佇む創作の場です。文明から離れ、自然と共生する感覚を味わえるこの場所は、創作に集中するにはうってつけの環境です。そうした環境下で行うMSPを「文明から切り離された自然の中で、演劇作品を創作する“共同体”を、限られた期間で形成できるか?」という試みだと私は思っています。そもそも人類が共同体を作り始めたのはなぜでしょうか。ある説によると、体格に優れながらも絶滅したネアンデルタール人に対し、華奢なホモ・サピエンスが生き延びることができたのは、共通の幻想(共同幻想)を信じ、より大きな群れを形成することで種の存続を可能にしたからだといいます。つまり、より大きな集団を作ることが、種の存続に直結したのです。共同体は、「自然」という脅威から互いに身を守り、克服するための戦略でもあったと言えるでしょう。
しかし現代社会において、人間はもはや天敵の脅威にさらされることもなく、自然の脅威すら克服したかのように見えます。時折、災害やパンデミックがその脅威を思い出させることはありますが、地方都市・福岡に住む私は、日常の中で天敵や自然の脅威を感じることはほとんどありません。 かつて西洋文明が目指した「自然の克服」は成功し、日本でも明治以降、西洋の自然観を取り入れたことで、同様の変化がありました。しかし、日本の伝統的な共同体は、自然信仰と結びつき、八百万の神々への信仰が地域社会の結束を支えていました。現代の「自然」という言葉が、明治時代に「Nature」の訳語として生まれたことからも、共同体と自然が深く結びついていたことがわかります。
では、共同体は現代においても必要なのでしょうか。私たちは共同体意識から離れ、個人主義という新たな枠組みが浸透した時代を生きています。これは、共同体が同じ幻想を信じられなくなったことの表れとも言えます(ここでいう幻想は、宗教的な概念に限らず、道徳、科学、経済、法などの概念も含みます)。その結果、あらゆるものが個として捉えられ、国家ですら独立した個のように認識されるようになりました。「国が助けてくれない」という言葉は、その象徴的な表れでしょう。
個人主義の時代を「個を尊重する時代」と言う人もいます。しかし、本来の「尊重」とは、相手を深く知ろうとする姿勢を指します。それは多くのエネルギーを必要とする、利他精神に基づくコミュニケーションです。しかし、現実には個人主義が孤立を深めているようにも感じられます。 私は演劇がこの孤立という問題を変える力を持つと信じ、学生時代から一貫してこのテーマに取り組んできました。
今回のMSPで取り上げる『雲の涯』にも、孤立の問題が根底に流れています。本作は、医師の家系に生まれながらも演劇を選んだ著者が、疎開、故郷への原爆投下、父親の死を経た直後の1947年に執筆した戯曲です。私は、この戯曲には著者が孤立する自身の自意識を批判的に捉え、それを作品として昇華しようとした痕跡が残っていると考えています。この視点は、孤立が進む時代を生きる私たちにとって重要なヒントを与えてくれるかもしれません。
最後に、演劇は集団を必要とする表現です。現代社会が共同体を必要としなくなりつつある中で、それでも「私は他者と関わって生きていくのだ」と示す手段の一つではないでしょうか。私たちが選んだこの表現方法が、どのような作品として世に出るのか。自然に囲まれたアトリエの中で、共に創作し、語り合いながらその答えを探っていきましょう。
担当講師 上野 隆樹